屋根裏部屋(ベルン)

 さてと、昨夜はごろ寝したが、寝袋持ってるのは何も毎晩ごろ寝するためじゃあない。
その時の気分と状況次第・・・それから、万一、お金が底をついた場合でも食事代と最小限の交通費は確保しとかなきゃならないから、宿代は何時でも浮かせるって準備のためだ。
 旧市街の中に向かって歩き出し、今夜泊まるホテルは直ぐに見つかった。
というか、こんなにいい所に来て安宿探しに時間かけるのはばからしい。 朝食付きで一泊18スイスフラン。 パリのホテルと違ってとても清潔そうで綺麗な宿だ。 僕の部屋は最上階の屋根裏部屋で、天井が斜めに傾いていて、ドーマー窓がある。 窓には鎧雨戸があって、これを開けるとベルンの街並みが建物の屋根瓦と一緒に見えるし、ちっちゃな煙突までそぐそこに見える。 これはいい。 だいいち、僕は屋根裏部屋ってのに憧れていた。 僕にとってはどんなに高い部屋に泊まるより、この屋根裏部屋ってのは遙かに贅沢なことのように思えるね。 何というか、物語の主人公になったみたいでね、夢がある。
  
 塒が決まった所で、さっそく荷物を置いて外に飛び出した。
僕にとってベルンと言えば噴水と時計塔。 まずはこの街に幾つかある噴水と時計塔巡りから。
あのツェーリンゲン噴水のように、どの噴水にも円柱が立っていて、その上に色んな像が乗っている。 ツェーリンゲンはこの街のシンボルであった熊が甲冑来て旗を持っている像が載っているが、他にも「バグパイプ吹きのの噴水」だとか「食人鬼の噴水」と言ったように、それぞれ個性的な像が載った8つの有名な噴水が点在する。 僕が一番好きなのは言うまでもなく、ツェーリンゲン噴水だ。
 時計塔の方は500年ほど前に建てられた、ベルンで最古の建物の一つで内部のカリヨン(組鐘)が時間毎に(正確には4分前から)鳴ってくれる。 ミュンヘンの市庁舎のしかけ時計程ではないが、時報の時にいろんな動物やピエロがパレード?してくれる。 僕は、ミュンヘンのより、こっちの方が好きだけどね。

部屋からの眺め カッコいい・・・ 連邦議事堂をバックに

 旧市街はそう広くもないので、簡単に回ってから、今度はアーレ川の対岸から旧市街を見て見たくなった。 キルフェンフェルト橋から対岸に渡り、川辺に降りるとちょうど川沿いに小道がある。 ゆっくり道を歩きながら、旧市街の方を見上げるとベルン大聖堂(ミュンスター)が空高く聳え立っている。 川と大聖堂の組み合わせと言えば、パリのノートルダムやドイツはケルンにある大聖堂が真っ先に浮かぶけど、このベルン大聖堂の眺めも見事なもんだ。 残念ながら、聖堂は修復工事中のため、一部、覆いがかけられてはいるけれど、その素晴らしさを損なうもんじゃあないね。
 ぶらぶら歩いて熊公園まで行った所で再び車道に登る。
熊公園の手摺りの前に一人の日本人が立っている。 どうやら山登りでもしてきたらしく、一見してそれとわかる服装をしているし、ザックを抱えてピッケルまで持っている。 「お早うございます。」 声をかけてみると同じように、爽やかな返事が返ってきた。 話してみると、やはり登山して来たらしくてツェルマットから来たと言う。 ツェルマットと言えばマッターホルンだけれども、いずれにせよ僕はこのあと、ツェルマットに行くつもりではいた。
 登山はもう終わったので、荷物を日本に送り返してから2週間ほど欧州を旅して帰ると彼は言う。
ベルンで一泊の予定、宿はまだ決めてないと言うので、僕が泊まっているホテルへ案内することになった。 彼の部屋は僕の部屋の隣、つまりやはり屋根裏部屋だった。 なんせ、一番安い部屋を頼んだのだから、同じような部屋になるのは当然だが、彼もこの部屋が気に入ったらしい。 
 二人ともまだ朝食を取ってないので、まず食事に出ることにした。
宿泊費は朝食付きだけどそれは明朝のことで、チェックインした日の食事までは含まれない。 お互い、格好を見ればどんな所で食事するのかは想像がつく。 小さなカフェのような所に入り、カウンター席に座る。 簡単なサンドイッチにコーヒーの朝食。 僕が高校生だってことを話すと、彼は驚いた様子で「一人で旅してるの?」と何度も聞かれる。 流石に高校生からお金は取れない?のか、朝食を奢ってもらい、そのお礼って訳じゃないけど、僕は彼のちょっとした仕事を手伝う事にした。
 つまり、登山を終えた彼にとって登山道具は不要であるので、荷物を日本に送り返す為の箱と紐を購入して、そのまま日本の実家へ郵送したいらしい。 どっかのスーパーで買い物してから郵便局へ行くと言うので僕もつき合うことにしたのだ。 パリでもスーパーはよく利用させてもらったし、両親に絵はがきを出すつもりでもいたので、一旦ホテルに帰る途中、絵はがきを買って帰った。
 彼が荷物の整理をしている間、僕は両親への葉書を書き上げた。
新市街で(ロンドンじゃないよ)

一緒にホテルを出てスーパーを回るが、小さな店が多くなかなか探しているものが見つけられない。
その内、川向こうならあるんじゃないかって話になり、熊公園を越えてしばらく歩くと大きなスーパーが見つかった。 中を見るが・・・・やはり丁度良い箱と紐が無い。 諦めて店を出かけた時、後ろから女性の声に引き留められた。 振り返ると、日本人の中年女性らしく、「何かお探しですか?」と尋ねられた。 事情を説明すると、協力出来ると思うと言われ、彼女について行くことにした。
 なんでも、彼女の旦那は領事らしく、領事館に行けば欲しい物があるだろうと言うことで、彼女の車に乗せてもらってその領事館へ行った。 彼女は直ぐに幾つかの段ボールと紐を持ってきてくれた。 荷造りをして、宛名も書き込むと彼女は僕たちを郵便局まで送ってくれた。
 無事に彼の荷物と僕の葉書を郵便局で出した後、彼は山岳博物館に行くと言うので僕は暫く住宅街を散策してから再び旧市街に戻った。 実はちょっと気になった物があったので、それを確かめたかったのだ。
 
 ベルンに到着して街を歩いてる時から気は付いていたんだけど、街の所々に大きな木の扉が斜め下(地下)に向かって取り付けられている所がある。 ちょうど大きな天窓がアーケードなどの側に付けられているような感じだ。 何だろう? 倉庫かな? とは思っていたんだけど、どうも倉庫のようでもない。 朝方見つけてあったこの不思議な木の扉の場所に行ってみると、この扉が開かれていた。 やっぱり、扉からは下に階段が付いているが・・・・この階段を下りてみると、何とそこはブティック。 と言うことは・・・・・他の同じような場所に行ってみると、いろんな店だったりカフェだったり。 これは面白いよ。 すっかり気に入って、この穴蔵巡りに時間を忘れてしまった。
 夜になって(空はまだ明るいけれど)、例の日本人と外へ食べに出掛けた。
旅についていろいろ話しながら、パリの日本料理店以来のまともな食事をゆっくり楽しんでからお金を払おうとしたら、彼が全部支払ってくれた。 そうだった、この旅での僕の予算をさっき彼に話したんだっけ。 悪いことをしたなあ、気を使わせた、いやお金を使わせたみたいだ。
 ホテルに戻り共同のシャワー室へ行ってシャワーを浴びてから、部屋に戻ってベッドに横になると開け放した窓から夜空が見える。 夏だというのに冷たい風が、まるでクーラーでも入れてるかのように入り込んでくる。 何を思うでもなく暫しまどろんでいると、あの窓から魔法使いでも顔を覗かせるような錯覚に陥る。 そうだよなあ、僕にとってこんな屋根裏の光景ってのは西洋映画なんかでしか見たことのない光景だ。 それで、こういう屋根裏で、ドーマー窓と来れば僕が無意識に思うのは魔法使い・・・・・そのうち、うとうとして眠り込んでしまった。

 翌朝5時に目が覚めた。
毎朝牛乳配達をしている僕はいつも5時に起きる癖がついてるから、疲れてない限りはこの時間に目が覚める。 朝食には早すぎるので、まずは顔を洗って・・・・冷たい。 雪解け水? 顔がヒリヒリするほど水が冷たく感じる。 もともと牛乳配達で朝早く起きてる事もあってか、寝覚めは相当にいい方だ。 目が開いた直後でもパッと起きられるし、寝ぼけてなんて事も殆ど無いが、この冷たい水で顔を洗うとスカッとする。
 さあ、今日はベルンを発ってグリンデルワルトへ行こう。
早朝散歩がてら列車の時間を調べようとまずはホテルを出て、昨日歩いた対岸の小道を散歩する。
地図で見ると、アーレ川はU字を横にしたような格好でベルンを二つに割って流れる。 まるで天狗の鼻のような格好で、この鼻の部分に旧市街が乗っかっている。 U字の書き始めの部分にあたる所にあるキルフェンフェルト橋を渡り、ここで川辺に降りて、昨日のように川沿いに熊公園まで歩くと、この辺りがU字の一番底の位置に当たる。 ミュンスターや赤い屋根の旧市街を見ながら更に川沿いに歩いて、U字の反対側を過ぎて道路に上がり駅に向かう。 地下にある駅のホームに行って時刻表を見る。 グリンデルワルトへ行くにはインターラーケン・オストで山岳鉄道に乗り換えなければならない。 丁度、駅員らしい人が通りかかったので聞いてみる。 「What platform number to Interlaken-Ost?」 彼が言うには、5番ホームの電車に乗って、スピリッツって駅で乗り換えなさいと言うことらしい。 これでOK。

 ホテルに帰り、昨日知り合った与坂って日本人の部屋をノックすると彼もすでに起きていた。
「朝飯行きませんか?」 と聞くと「行きましょうか。」と彼。
一緒にレストランに行くとパリのホテルとは大違い。 清潔で明るく、テーブルには真っ白なクロスが掛かっている。 席につくとウエイターのような人が来て「Tea or Cafe?」。 僕は紅茶を頼んだ。 暫くして、クロワッサンなどのパンが一人に3つとバターとジャム、それにチーズが少し運ばれて来た。 
 空気のせいか雰囲気のせいか、それとも本当に美味いのか、いままでこんな美味いパンを食べたことが無かったな。 紅茶もうまい。 簡単な朝食なのにとても安ホテルの雰囲気、味じゃないぞ。 お互い、これからの旅の事や、僕は学校を出たらすぐにでも又、ヨーロッパか英国に来るつもりだってなことを話した。 お互いの住所の交換もした。 彼はベルンが気に入ったのでもう一泊すると言う。
 食後暫く休んでから、僕は駅に向かう事にした。
駅まで送ると言う彼の申し出を丁重に断って、チェックアウトしてからザックを背負い、一旦熊公園まで歩いた後、ツェーリンゲン噴水を正面に見ながらマルクト通りを駅に向かって歩いて行く。 時計塔を抜けると駅はもうすぐそこだ。 後ろ髪を引かれる思いってこういう事を言うんだろうな・・・・・でも、この思いはこれ以後訪れたどの街や村でも感じた事であり、以後、海外出張で出掛けた先でも毎回感じる事になる。 ただ、この街は特にそんな想いが大きかった。

 ベルン旧市街の景観を妨げないためにか、ベルン駅のホームは地下にある。
ベルンに着いた時と同じように、ちょっと薄暗い駅のホームに立って列車が入線するのを待つ。
やがてスイス国鉄の草色をした列車がホームに入ってきた。 この駅はちょっと梅田駅(阪急電車)みたいやなあ。 ふとそんな事を思った。 ここに着いた時はそんなこと思わなかったんだけど、やっぱあの時は気持ち的にそんなに余裕が無かったのかな? ベルンからインターラーケン・オストまでは約1時間の道のりだ。