マッターホルン(ツェルマット)
マッターホルンと滝

 朝5時に目覚めるが、ベッドの中でうとうとして結局ベッドから出たのは7時近くになってから。 レストランで朝食を済ませてから村を散歩し、戻ってからチェックアウト。 今日はツェルマットへ行く。 まだ早いのか、駅にはそれ程人がいない。 インターラーケン行きの列車に乗るのはどうやら通勤客と少しの登山客だけのようだ。
 インターラーケンからツェルマットへ行くには、一旦、シュビーツへ戻って、ここで乗り換えてブリークに行く。 この街からツェルマット行きの山岳鉄道BVZ(ブリーク・フィスプ・ツェルマット鉄道)に乗り換える。 鉄道の乗り換えはもう慣れた?もので、この位は駅員に聞かなくても頭で判る。 いや、実は、スイスとイタリアに関しては学校の授業中、暇さえあれば旅行案内書や観光局から取り寄せた資料、旅行記なんかを読んでいたので、大体解っていると言うのが本当の話。 迷うこともなくブリークに付くと、赤く塗られたBVZの車両に乗り換える。 ここから約1時間半でツェルマットに行くことが出来る。 インターラーケンからグリンデルワルトへ行くときによく似ていて、やはりラックレールに頼りながら狭い谷間を縫うように登っていく。
 余談になるが、この日から僅か2年後、ロンドンに住んでいた僕は北海道からオペアでロンドンに英語の勉強に来ていた女性と結婚し、その新婚旅行でまた、ここにやって来る。 この時は、鉄道は使わず、二人、キスリングザックに寝袋を担いだまま徒歩でブリークからツェルマットまで歩いた。 

 ツェルマットの駅前の広場は以外に狭く、馬車や電気自動車が行き来している。
そう、この村への外来の自動車(電気自動車以外)の乗り入れは禁止されているので、他の自動車はみんな村の遙か手前の大きな駐車場に停めてから、ここに入るしかない。 村のメインストリートとなるバーンホス通りも以外に狭く、グリンデルワルトとは少し雰囲気が違う。
 取り敢えず、この通りを奥の方に向かって歩き出す。
暫く歩いて、気が向いた通りを右に曲がると視線の向こうにHotelの文字。 山小屋風の、綺麗なホテルで向かいにはテニスコートもある。 「高いんちゃうの。」と思いながらも、ためしに中に入って値段を聞いてみると一泊朝食付きでFr20。 「うーん、ちょい高いが・・・・雰囲気は抜群に良さそうだ。」 で、このホテルに決定。 早速チェックインして、部屋に案内される時、案内してくれているおじさんに「One more night OK?」って聞いてみると、このおじさん、ちょっと考えてから「OK」。 2泊する事に決定。
 案内された部屋は相当広い。
今までで一番広いばかりか、結構大きなベランダまで付いている。 しかも、窓からの景色も抜群にいい・・・筈だ、なんせ雲が多いので山の様子が分からない。 荷物を置くと早速、カメラ片手に外へ飛び出した。 狭い通りをブラブラ歩きながら、時には土産物屋に入ってみたりしながら村の外れまでやって来た。
 右手に年期の入ってそうな小屋がある。
平たい皿のような石を積んで、その上に小屋を建てている。 一際幅が広くて、支えから飛び出している石は鼠返しだろう。 ええなあ、この景色と思いながらも、僕にはまだ気がかりな事があった。 「マッターホルン見えるんやろか?」  更に歩き続けていると、鼠色と白い雲のかかった部分の高いところに、僅かにあの山の姿が見えた。 「やったー」と思う間もなくまた、雲があの山を覆う。 
その内、ポツリポツリと雨が降ってきた。 ヤバイ、カメラをむき出しで持ってきたんだ。 どっかに入って雨宿りせんと。 仕方ないので、村に戻って小さなカフェに入って一休み。 
 休んでいると、「日本の方ですか?」と声を掛けられた。
振り向くと日本人のおっさんだ。 暇つぶしに話していると、この人は加古川東高校の先生だと言う。 いやあ、驚いたねえ。 柔道の試合でこの加古川東高校の部員を見たことがある。 対戦はした事無いが、なんだかとても身近に感じてしまう。 僕が高三で、一人旅だと言うとあっけに取られている様子。 暫く話してから、雨も上がったようなので、この先生と別れ、教会に行ってみた。 小さな教会だけど、やっぱりこの雰囲気は大好きだ。 この2年後、僕はこの教会で2人だけの結婚式を挙げる事になるなど、この時は予想だにもしなかったな。

 
 翌日、空腹のあまり目が覚めた。 まだ6時だ。
朝食は7時からと聞いていたが、あまりに腹が減っているので、電話で朝食に出来ないか尋ねてみると「いいよ」って言うのでレストランに降りていく。 朝の光が目映く差し込むレストランに入り、テーブルに腰掛けると、ほっそりした白髪の老人がパンとジャム、バターを持ってきてくれた。 飲み物は紅茶を頼む。
 食後、カメラを持ち早速外出。
取り敢えず村の奥の方、そうマッターホルンに向かって歩き出した。 ちょうど、あの鼠返しのある小屋辺りから先の道は急に狭くなり、山道のようになる。 その道をどんどん奥の方に向かって歩いて行く。 道の両端に生えた草に朝露がタップリ載っかっていて、その露(それとも昨日の雨水?)が靴下にびっしょり付きぐしょぐしょしてきた。 そう、僕はサンダル履きでこの欧州にやって来たのだ。
 さらに道を進むと、突然、舗装道路に出た。
更に進むとダムが見え、その横にトンネルがある。 このトンネルをくぐり、どんどん歩いていく。 どれくらい歩いたろうか、遙か下方にツェルマットが小さく見える。 僕が歩いている左上の方に鼠返しの付いた古い小屋が見え、その小屋を少し過ぎた所でマッターホルンの姿が不意に僕の目に入った。 雲がかかっているとは言え、山の半分以上は見える。 正直言って、自分が進んでいるのはマッターホルンの方向なのかどうか、多少の不安があったんだが、これで間違いの無いことは判った。 周りには古そうな小屋が点在していて、牛や羊が放牧されているが、人の姿は全く見えない。 更にあの山に向けて歩き進んでいると、道端にマリアやキリスト像が置かれている。 ちょうど日本の道祖神のような感じだ。 更に2時間位は歩いたろうか、突然、広い空間に出て、あの山全体が僕の前方に現れ出た。
 
 あのベルナーオーバーラント山系でもそうだったが、人間、自分の想像を超える物に出会すと、その規模を図る物差しが麻痺してしまうらしい。 今目前にあるマッターホルンの姿を見ていると、簡単に山の中腹位までなら行けそうな錯覚すら抱かされてしまう。 それ程、この山が感覚的にはコンパクトに見えてしまうのだ。 山の方からは絶え間なくビューとかゴーって言うような風の音が聞こえてくる。 僕がいる場所では全く風の動きすら感じられないと言うのに。 見上げると山の中腹より上の方から雪が空に舞い上がっている。 多分、あの辺りは凄いブリザードなんだろうなと思うが、その事を考えるとやっぱりこの山は凄い山なんだと思ってしまう。
 

 マッターホルンの姿を一般的な綺麗な姿で見たいと言うのであれば、僕が登ってきたのと反対方向、そうゴルナーグラード展望台やスネガ展望台方面の方が良い。 その方がケーブルカーやロープウエイがあって簡単に行けるし、もっと素晴らしいプロポーションのマッターホルンが見られる筈だ。 僕の場合、予算もあったし、皆が行く方に興味は無かっただけの事。 しかし、そのお陰で、今まで見たこともなかったマッターホルン横顔を見る事が出来たのだ。
 マッターホルンの真下でその横顔を充分堪能した後、この広い谷間のような空間(後で判った事だが、ここは本来は氷河(Zmuttgletscher)で埋め尽くされている筈の場所のようだ。) の上の方に道を見つけ、その道を通って帰る事にした。 ちょっと険しい崖のような所を登って、下から見えた道に出ると滝がある。 氷河の雪解け水なんだろうか? それにしても、こんな人のいないところで怪我でもしたらと、登り切ってから考えると少しゾッとした。 滝とマッターホルンの写真を撮り終え、フィルムを巻こうとすると、「しまった」、なんとフィルムが切れたではないか。 予備のはホテルに置いてきたから、これ以上写真は撮れない。
 写真は諦めて、道を村の方角(と思われる)に歩いていると岩の上に十字架が置いてある。
その十字架の真ん中には若い男のモノクロの写真が入っていて、マッターホルンの方を向いている。 多分、この山で亡くなった登山家なんだろう。 思わずこの十字架に向かって手を合わせる。 
 それが良かったのかどうか、ザックを担ぎ、登山靴を履いた4人の白人と出会した。
丁度良い、「ハロー」ってお互い声掛け合った後、(4人ともちょっと驚いた表情・・・・そりゃあそうでしょう、向こうは登山靴で僕はTシャツにジーンズ、おまけにサンダルだ。)この人達にフィルム持ってませんかって聞いてみた。 ドイツ人のようだが、持ってると言うので、譲って欲しいと頼むとコダックのカラーフィルムをザックから取り出して手渡してくれた。 代金を払おうとしたが、いいよって身振りをする。 「ダンケシェーク」と聞きかじりのお礼。
 無事に村へ帰った頃はもう5時を過ぎていた。
今までロープウエイと言う物に乗ったことが無かったので、一度乗ってみたいと思い、シュワルツゼまで往復切符を買って乗ってみた。 客は僕と老夫婦だけ。 まるで飛行機に乗ってるような感覚。 それにしても驚いたのは、この急な斜面に生えている木々の合間から見える消火栓の工事と思しき光景。 こんな山中のあんな険しい場所にまでちゃんと、消火栓の埋没工事をしている。 シュワルツゼは標高2,583mで、乗り物で行けるマッターホルンに一番近い場所。 遙か下の方には細長い、谷間のツェルマットの村が見えている。 モンテローザやブライトホルンが見事に見える。


 実は最近まで、この日、徒歩で登ったコースを地図で確認する事もなかったので、マッターホルンの見え方で、こういったコースを歩いたのだろうと想像だけしていた。 ツェルマットの標高は1,620mで、シュワルツゼが先に書いた通り。 あのマッターホルンが僕が撮った方向で見える場所と言うと、これも先に書いた通りで、そこには分厚い氷河があるはずだ。 実際、観光案内書等で地図や立体図を見てもしっかり氷河が描かれている。 その地点の標高を見てみて驚いた・・・・なんと3,392m。
 もし本当に、この氷河の位置まで行っていたとすれば、富士山頂くらいの高さまで歩いた事になる。
まあ、これは無いと思うけどね、さあ、皆さん良ければ僕が撮った写真でのマッターホルンの見え具合から、観光書でもなんででも見て、撮影位置と思われる場所を推定してみて下さい。 少なくとも明確なのは、ロープウエイで登ったシュワルツゼより遙か奥の方まで歩いていたようだ。