仕事探し 昨日予約を入れておいたヒルブロウホテルまで徒歩で移動し、チェックインで約束の1週間分の宿泊料を支払った。 ホテルはインド人の家族経営らしく、小さいが清潔で、何はさておき部屋が広く大きな窓が付いているのがいい。 しかも、ケンジントンガーデンや地下鉄セントラルラインのクイーンズウエイ駅まで歩いて数分の距離だ。 と言うことで、お金も無いのに最初の3日程は徒歩で市内を散々散策し、帰りは地下鉄かバスで帰るような日を送った。 その合間にめぼしいレストランに当たりを付けておく。(別にドロボーに入ろうと言うのじゃない。) 丁度3日目、ロンドンの目抜き通りの一つであるオックスフォード通りからマーブルアーチを抜けて、ベーズウオーター通りに入り、ここからハイドパーク内をケンジントンガーデンに向かって歩いていると、正面から日本人とおぼしき2人の男性が歩いて来る。 「今日は」と何気ない挨拶のあと、何がきっかけだったか話が始まった。 話の中で、彼らが僕と同じホテルに泊まっていること、一人はカナダで国際経済学とやらを学んでの帰り、此処で休暇を過ごしていること、もう一人はニューヨーク在住だった画家で、日本に帰国する途中、ここでやはり休暇を楽しんでいると言うことなどがわかった。 以後、僕は毎日のようにレストランを一軒一軒当たり、バイトさせてくれる場所を探して回ったがそう簡単に見つかる筈もなく、このままだとセントポールのユースに移るしかないかと、ある程度覚悟を決め出したある日、ピカデリー近くの中近東系ステーキハウスで皿洗いのバイトが見つかった。 ピカデリーは数少ないロンドンの歓楽街の中心にあり、丁度ロータリーのようになったピカデリーサーカスにあるエロス像は旅行者やヒッピーのたまり場になっていて、僕も時折ここでポカーンとしていることがあった。 仕事は単純な皿洗いで、給料は週休制で僕の場合£14.00/weekだ。 更に、客の置いていったチップは皆で分けるので、それが週に£3〜5になるという。 朝食はホテル代に入っているし、他の食事は夕方4時から夜の10時迄の勤務時間中にレストランで用意してくれる。 これで、レストランが休みの日曜以外は飢えずに済みそうだ。 しかし、このバイト代では交通費や他の費用が出てこない。 6ヶ月のビザは貰ったものの、確実に次の滞在許可延長を得るには学校に通って、フルタイム(週15時間)授業を受けている証明が必要なのだ。 ホテルに帰って、マネージャー(ホテルの親父)に相談したところ、「このホテルは学生なら学生料金が適用出来るが、お前はその為の学費を稼ぐって言うんだな」と言ったような前置きの後、「それなら早くフラットを探した方がいい。 それまでは1日£1.80にしてあげる」と言う・・・勿論想像だけど。 やっと仕事を見付けたと思ったら今度はフラット探しだ。 気ままな放浪旅行の方がどれ程気楽なことか。 その日の夜、例の2人の日本人に仕事が決まった事を話すと、お祝いに夕食をご馳走してくれると言う。 Home Index |
出逢い 処で、このロンドンには僕より先にこの街に来て暮らしている女性がいる。 話は僕が高校二年の頃に遡るが、ヨーロッパについての情報収集や交換をしていた中で、雑誌『旅』の読者欄を通して北海道の小樽に住むある女性(大学生)と文通するようになった。 そして、僕がロンドンに行く事を知らせると、彼女のクラブの先輩もオペア制度を利用してロンドンに行くので、ぜひ会うようにと教えられた。 その女性はその時は九州の国東でユースホステルのヘルパーをしており、国東にいるその女性から絵葉書を貰ったが、その後彼女はすぐにロシア経由でロンドンに発った。 仕事を始めて1週間が過ぎ、初めての給料を貰った事でギリギリとは言え、何とか生活できる目処が付いた。 この女性からの葉書や手紙に何とはなしに惹かれるものを感じていた僕は、最初の休みを利用して彼女の家を尋ねることにした。 地下鉄のクインズウエイ駅からセントラルラインでオックスフォードサーカスまで行き、ここでベーカールーラインに乗り換えて北に向かう。 僕はホテルから勤めるレストランに行くのに、ここまでは同じルートを使っているが、今日は南のピカデリー方向ではなく北へと向かう。 すでにお馴染みとなった、ベーカールーラインの、まるで日本のポストを横に倒したような、ワインレッドの可愛らしい車体が凄い音を立てながらホームに滑り込んできた。 ロンドンの地下鉄はとても歴史が長く、日本で初の陸蒸気が走る頃にはすでに開通していた。 何せ、始めは馬車が走っていたと言うのだから驚きだ。 それから、日本のように上から穴を掘って、後で埋めるのでなく、こちらは本当にトンネルを掘って造るので、穴が結構狭く、特にベーカールーラインは車体までとてもこじんまりしている。 この狭い穴は車体ギリギリに掘られていて、電車が走ると空気を押して行って、駅の通路へこの空気押し込み、強制換気している・・・といった事を聞いた事がある。 ちょうど、空気鉄砲の原理か。 そう言えば、電車が来るとビューと強い風が列車の来る方向から吹いてくる。 因みに、このチューブのようなトンネルの中を電車が走る訳だが、地下鉄の事を英国語でチューブとも言う。 電車はメトロの様に1等や2等の差別は無いが、喫煙車と禁煙車に分かれていて、喫煙車に乗ると床にタバコの吸い殻が結構落ちていて汚い(特にこのラインは)。 おまけに、このラインの車体の床は木なので、所々焼けこげている場合すらあるから凄い。 僕はいつものように喫煙車に乗って、がら空きのシートに腰掛けた。 別にタバコを吸うからと言うのではない。 何故かこちらの方が人間臭くて好きなだけなのだ。 コナンドイルの小説、シャーロックホームズで有名なベーカーストリート駅を越えその先のスイスコテージ駅が近そうなので、この駅で下車。 ホームに出て地上へのエスカレーターに乗ると、何と木製で、ギシギシいいながら頼り無さそうに動いている。 金属で出来た静かでスムースなモノに比べ、何とも頼りない動きではあるが、何故か親しみのある優しさを感じてしまう。 「ロンドンってこんな優しさがあるよな。」なんて勝手に考える。 駅を出るとそこは、この1週間見慣れたロンドンの街並みとはひと味違う。 「結構田舎に来たなあ。」 早速、一寸前に買ったばかりのストリートファインダーと言う、ロンドンの地図帳を取り出して、この辺りのページを開く。 日本とは違って殆どの通りに名前が付いているので、何丁目何番地だの訳の解らない表記が無いため、非常に解りやすい。 この地図帳、というより本にはロンドンの全ての通りが出ているので、これを頼りに歩く分にはまず道に迷う事はあり得ない。 僕は地図片手に歩き回るのを好まないので、普通は方向確認程度にしか使わないが、今回はそんなこともやってられない。 自分の位置を確認してから、進むべきルートを確認してさあ出発。 さっき見た地図を頭に浮かべながら、ゆっくりと一つ一つの通りを確認しながら目的の方へ進んでいく。 ゆったりとスペースを確保された歩道、緑に覆われた木々の間から煉瓦造りの家々を見ながら、少し坂を登るとちょうど十字路の所に3階建の立派な家が現れた。 数えてきた番地からそこが彼女がお世話になっている家の筈だ。 その家の玄関まで来た僕は、その家が彼女がいるストラウス家である事を確かめた後、何の躊躇もなくベルを押した。 まるで外からの来客を拒否するかのような、大きくて分厚い扉が開き、中からガウンを着て右手にパイプを持った中年過ぎのおじさんが出てきた。 「May I see Miss ・・・・・・・・?」 覚えたてのフレーズをこのおじさんに言うと、そのおじさんは奥にいる夫人とおぼしき人になにか伝え、僕に裏口に回るように言っているようだ。 言われた通り、裏の勝手口のような所にまわって待っていると、扉が開き一人の小柄な女性が出てきた。 Gパンをはき、ブルーのカッターを着た彼女は僕を見るなり、両手を自分の口に当て驚いた仕草をする。 無理もない、僕がロンドンに着いてからまだ一度も彼女には連絡をとっていなかったのだから。 「ちょっと待って。」と言って彼女は再び家の中に消え、直ぐに又出てきた。 散歩をしようと言うことで歩き始めた。 彼女の住む家はスイスコテージではなく、その先のフィンチリーロードと言う駅の方が近いらしく、僕達は少し歩くとこの通りに出た。 僕達は丁度地下鉄が通っているその上あたりを、色々話しながらぶらぶらと歩いて行く。 何度か長い手紙のやりとりをしていた事もあって、初めて会った気がしない。 ロシア経由のこと、パリのこと、そしてロンドンのことや、僕達を引き合わせてくれた彼女の後輩のこと・・・・・セントジョーンズウッドを越えリージェント公園を越え、ベーカー街からオックスフォード通り、ピカデリーサーカスを経てセントジェームズ公園に出た。 途中、ウインピーと言うファストフード店で簡単な昼食はしたものの、殆ど歩きながら話しずくめで一日が過ぎて行った。 時計の針が6時を指す頃、僕達は地下鉄でそれぞれの家に帰ることにして、トラファルガー・スクエアの駅に向かって歩き出した。 「今度ロンドン塔に行かない?」彼女が尋ねてくる。 「次の日曜な」僕が答える。 初めて会ったばかりであるのに、何故か彼女に惹かれた僕は軽く彼女の言葉に頷くと共に、何故か「彼女と結婚するかも知れない」と言った予感のようなものを感じた。 彼女と別れてホテルに帰った僕の頭には、今までに味わったことの無い不思議な感情が渦巻いていた。 彼女はもうとても古くからの友人のような、そしてお姉さんであり妹のような、そう、まるで空気のように、僕が気付かない内に僕の心の何処かに潜んでいたような、そんな懐かしさを感じる。 因みに、この次の週に出掛けたロンドン塔、僕達はトラファルガー・スクエア駅で待ち合わせ、そこからロンドン塔まで徒歩で行くことにした。 もともと知らない街を歩くのが好きな上、お金も無かった、再び機関銃の連射のように色んな話をしながら僕達はロンドン塔に到着した。 ロンドン塔と言っても別に東京タワーのようなタワーがある訳じゃない。 薄学の僕がここで観光書やロンドン案内書を引っ張り出して、その歴史や謂われを書いても無意味なので、一言で書くと中世の城で英国王室にとっても非常に重要な場所。 カラフルな制服を着たヨーメンと呼ばれる守衛や中で公開されているお宝のイメージとは裏腹に、この城にまつわる幽閉話や殺害話が、スイスのレマン湖畔にあるシオン城で見たバイロンが幽閉されていた部屋のイメージを思い起こさせる。
それはさておき、どうにか辿り着いたロンドン塔。 中に入る前に一休みしようと、テームズ河の方を向いて設置されているベンチに座り、まずは休憩。 左斜め向こうにはタワーブリッジが見え、正面やや右よりには巡洋艦ベルファストが係留されている。 ロンドン塔よりベルファストの方が良かったかな・・・・などといらん考えをしていたその時、僕らの後ろの方でボンという鈍いこもった音が聞こえて来た。 いくら僕が、ベルファストのノルマンディー上陸作戦に参加している様子に想いを馳せている時とは言え、僕の想像力で聞こえて来た音にしては現実味を帯び過ぎている。 中学生の頃、僕や僕の友達はプラモ以外にモデルガンにも凝っていた。 当時4000円程の金属ガンを買っては、火薬を詰めて打つことがよくあった。 時には、通常の2倍、3倍も火薬を入れてガンを壊す事もあったが、この手の音にはある程度慣れている。 少しすると救急車やパトカーのサイレンの音、そして空にはけたたましい音を僕らに浴びせかけながら飛び回る複数のヘリコプター。 ロンドン塔の、まさに僕らが入る筈だった入り口からは薄黄色い煙が噴き出して来る。 「時限爆弾か。」 「銃撃戦の可能性は?」とっさに当たりの様子を伺うと、狙撃や突撃班の姿は見えず、レスキューが塔内へ飛び込んで行くのが見える。 「赤軍か?」「英国だったらIRAかな?」そんな話をしながら、暫くはその顛末をベンチから眺めていた。 もし、ベンチで休まずに中に入っていたら、おそらく今頃は担架で運び出され、救急車で即、病院行きか、四角い箱に入って日本に送り返されていた事だろう。 結局僕達はロンドン塔には入れないまま、地下鉄で帰路についた。 この事件はIRAの仕掛けた時限爆弾である事を翌日、レストランのシェフに教えられた。 たった一発の(音は複数聞こえたので単発で無かったと思うが。)爆弾でこれだけの騒ぎになる。 もし、目前のベルファストの主砲が火を噴き、その弾が僕らの頭上に雨霰と降り注いで来たとしたらどうだろう。 軍艦も戦闘機もタンクも好きだが、やっぱりこれらはプラモで作っているのが一番いい。 Home Index |
ステーキハウスと日本料理店 ステーキハウスでの僕の仕事は皿洗い。 レストランに行くとまず紺色の上着を着て、同じ色の小さなエプロンを付ける。 シェフも同じような格好をしているが、頭には黄門様がかぶっているような、あんな帽子をかぶっている。 着替えが終わると後は皿が戻ってくるまで何も仕事は無い。 忙しく飛び回っているのはシェフ達の方で、僕ともう一人いる皿洗いはのんびりしたもんだ。 ぼくの相棒はターキッシュ(この当時ターキッシュと言うのが何人の事か解らなかった・・・・ターキッシュとして理解していた。)の優男だった。 皿と言えばディッシュと覚えていた僕は、プレインプレートやらソーサーやら、ディッシュやらと教えられ、我が学生時代の不勉強ぶりにちょっとは反省してみたものの、やっぱり実践での経験とは凄いもので1回の説明で覚えてしまう。 これが学校の教室で教えられたものなら間違いなく、次の日にはもう忘れている筈のものだ。 シェフはレストランが開くまでに幾つかのメニューを作ってしまい、これをステンレス製のホットプレートのような物の上にどんどん並べていく。 客が来て注文を受けると、テーブルに持っていく前に一度レンジに入れて軽く暖める。 客に出す前に皿を素手で持てるようじゃダメだ、と言うのがシェフの口癖。 訳の解らん中近東風の鼻歌を歌いながら身軽に厨房内を飛び回る。 夕食は交代で採るが、順番が来ると仕事着を脱いで客席へ行く。 すると仲間のウエイターがやって来て注文を聞いてくれる。 出てくる食事はたいがい、客よりボリュームがあって、日替わりの従業員向けメニューが1品余分に着いてくる。 コーヒー飲んでさあ仕事・・・と立ち上がると、時間が早かったり、洗うべき皿が貯まっていないと、ウエイターがまだいいよって、合図を送ってくれる。 これではあまりにも申し訳ないと、合間に掃除でもしようとすると「それは君の仕事じゃない」・・・・って逆に注意される始末。 ある日シェフ曰く(そう云っているとの想像だが)「俺はシェフでシェフとしての給料をもらっているし、ウエイターはウエイターの給料を貰っている。 お前は皿洗いが仕事で、その仕事に対してボスは給料を払う。 だから、それ以外の事をする必要はない。 お前が他の仕事に手を出すと云うことは、その仕事をしている人間の仕事を奪う事になるんだぜ。」 成る程納得。 仕事は順調に楽しくこなしていたが、やはり持ち金が少ないのでは何も出来ない。 先ずは学費を何とかしなければならない。 それにはフルタイムで働ける仕事先を探すことだ。 そんなことを考えていたある日、例の二人の日本人が「僕らが時々行く日本料理店で、フルタイムの皿洗いを探している」と教えてくれた。 ピカデリーサーカス近くにあるHと云う料理店だそうだ。 僕は仕事を探す時、日本関連のレストランは当たっていなかった。 折角ロンドン迄来てそれでは意味がないと考えていたからだが、現状では何でもいいからフルタイムで働いて取り敢えずお金を貯めるのが先だ。 結局、ステーキハウスは1ヶ月でやめ、この日本料理店で今度は働く事にした。 午前10時〜3時と午後5時〜10時のフルタイム制で、週1日の休みと、日曜の午後は休み。 これで週£21.00にチップが£6位プラスされる。 時給で考えるとあまりいい条件では無かったが、収入が増える事が魅力。 いざ働きだしてみると、前のステーキハウスとは大違いで、掃除、皿洗い、簡単なメニューの盛りつけ、仕込みと何でもやらせて貰える。 別世界かと思うくらい忙しいが、仕事の面白さは俄然こっちだ。 僕は言われない事まで自分で仕事を見付けて先々やる事の重要さと面白さをここで教えてもらった。 それに、包丁も使わせてくれたので、ここにいた半年で実に多くの事を学び、その事が後に働く事になったイギリス人経営のレストランで大きく評価され、何故か昼間の厨房を任せられるようになる。(仕込みはシェフが全部やってくれるが・・・・・) その話はまた後で書こう。 Home Index |
案 山 子 住む所と仕事が決まったところで、今度は学校。 |