1974年 木々が色づく頃 11月ともなるとロンドンはクリスマス色が濃くなり、デパートや商店のショーウインドウにはクリスマスの飾り付けが始まる。 特にオックスフォード通りにあるセルフリッジスというデパートの飾り付けは、ウインドウ毎にクリスマスに因む小説や物語の1シーンを、人形などを使ってリアルに再現している。 街は心なしか慌ただしさを増し、街頭では募金のためのボランティアの声と共に、募金を入れた缶を振って、ジャラジャラとコインの音をさせていたり、小編成のバンドが演奏していたりする。 これらの音に混じって、焼き栗売りの呼び声や、辻音楽士のアコーディオン演奏など、無数の音達が僕に冬の到来を告げる。 夕方、夕陽に赤く照らされた街並みをこれらの音と共にセルフリッジスに向かって歩く。 石造りの、ちょっとバッキンガムに似たデパートの入り口に差し掛かると、船員風のちょっと薄汚い格好をして、顎髭を蓄えた爺さんがパイプをくわえながらアコーディオンを弾いている。 僕は路上に置かれた船員帽に5ペンス貨を入れて入り口を入る。 友人や両親に送るクリスマスカードを買った僕は、焼き栗売りのおじさんから、今夜やってくる筈の彼女と夕食後ちょっと摘める程度の栗を買って、デパート前のバス停で159番、West End Lane行きのバスを待つ。 今日はこのウエストエンドレーンで彼女と待ち合わせ、僕のフラットに帰る予定。 実はこの日、僕は彼女に一つの相談があった。 それまでは差ほど想いもしなかったことだが、秋の到来から色づく木々を見ていて、何故か急にスイスへ行ってみたくなった。 勿論、ここでスイスなんかへ出かければ、折角貯めたお金が大きく目減りすることは承知していたが、そのような事は僕にとって然したる問題では無かった。 一緒に夕食の後、買ってきた栗を食べながら僕はこのことを彼女に切り出した。 「お金はどうするの? 泊まる所は?・・・・・・」 出逢いから短い期間であるが、僕の性格を把握しているのか、彼女の返事は前向きだった。 「行きはスチューデントフライトで行って、帰りはスチューデント列車なら半額になる。」 「泊まる所は何とかなるさ。 寝袋もってれば建物の陰で寝れば死ぬことはないやろ。」 早速スイス旅行の為の準備が始まった。 スチューデントフライトも列車も、これらを使うには国際学生証が必要だ。 ユーストン近くにあるスチューデントトラベルへ出かけ、この国際学生証を申請し、ついでにスイスまでの足を予約する。 学生フライトや学生列車と言っても、その為の特別な列車があったり、空席待ちという訳ではなく、普通のチケットと同じ扱いで予約、購入出来る。 料金は半額だ。 出発は12月21日、チューリッヒへ飛行機で飛び、ベルンを経てグリンデルワルトでクリスマスを過ごし、帰りはインターラーケンから列車でパリを経由してナイトフェリーでロンドンに戻る。 Home Index Next |