フラメンコとカンツォーネ  

 食事を終えた後、風に乗って聞こえてくるフラメンコの音に誘われて僕らはその場所へ行ってみる事にした。 そこはインデアン・ハウスのすぐ近くで、海の横にある小さなホテルのプールサイドのようだ。 入場料1,000リラ。 演奏だけなら中に入らなくても聴けるが、フラメンコのリズム、ダンサーが踏むステップの音などを聴いているとどうしても中に入りたくなった。
 「入ろうか」と、みんなの意見が一致した。
一緒に来たアメリカ人は外で聴くだけで十分だと言うので、僕らだけ入場料を払って中に入った。 中とは言っても、フラメンコは屋外にあるプールサイドの特設ステージで行われているので、場所は屋外だ。 1、000リラのチケットではプールサイドのテーブル席なんて事はなく、プールを見下ろすように造られているホテルのベランダのような所からの立ち見。 鉄製の柵によりかかるようにして下を見ると女性のダンサーが踊っている。 
 ステージの華やかなダンサーの衣装が、彼女の華麗なダンスによってまるで生き物のように縦横無尽に躍動する。 そして生まれて初めて聴く本物のフラメンコ音楽。 照明によってほのかに浮かび上がるプールには、深みを帯びたブルーの水面が横たわり、目を少し上げると、そのすぐ先には地中海の素晴らしい海の色が照明によって浮かび上がっている。 程よく僕の頬を撫でる潮風は淡路島を思い出させてくれる。 

 初めてのフラメンコの余韻を残しながらインデアン・ハウスに戻ると、岩場の先の方に人がいる。
どうやら家族連れで来ているらしいが、時間はもう11時を過ぎている。 中には小学生位の子供もいるようだ。 何がきっかけだったのか、その人達と話が始まり、僕らも岩場に腰を下ろしてにわかに交流会?が始まった。
 お互い片言の英語で色々と話すが、僕はと言えば、自慢じゃあないが学校の英語の試験ではいつも赤点。 いや赤点どころか、一度なんか問題まで英語の試験が出た事があった。 試験前、先生が「質問は?」と皆に聞いたので僕は元気よく手を挙げた・・・・・「を珍しいな」と言いながら先生は僕を指さしたので僕は質問を先生にぶつけた。
 「せんせ、問題の意味わかれへん。 答え書きようない。」
 「なかなかええ質問やけど、お前、問題分かったら答え書けるんか?」
流石先生だ、実に的確に僕の質問に答えてくれたね。 あの時は18点だった・・・・まあこんなもんか。
 そんなだから、小村さんと田中さんの通訳??が大いに役立った。
ここに来てる人達は地元の人達で、ハイキングがてらやって来たと言う。 その内、なんか歌を歌おうと言う事になり、まずは、この家族の中の一番末っ子らしい、ちょっとやんちゃそうな男の子が歌う事になった。 元気よく立ち上がり、歌い出したのが僕らも知っている歌、『帰れソレントへ』だった。 
 はな垂れ小僧のぶんざいで、これが上手い。
どっからこんな声が出るんやって位、のびのびした声で朗々とこのカンツォーネを歌うではないか。
ついさっき聴いたフラメンコの余韻が残っている僕の耳には、決してあのフラメンコを歌っていた歌手に引けを取らないようにすら聞こえる。 歌が終わると割れんばかりの拍手。
 今度は僕らの番だけど、折角言葉が分からない同士なんだから、ここはちょっと趣向の違う曲で行こうと、小村さんが「幸せなら手を叩こう」やろうと言い出した。 意見一致で、3人で歌い出す。 言葉なんざ分からなくても、手振り身振りの奥の手でやれば何とかなる。 最初はきょとんとしていた地元の人達もそのうち、僕らの身振りを真似してやりだした。 「幸せなら手を叩こ・・・・・」 そうそう、「What I say.」の要領や。

 メロンやジュースをもらったりして楽しい時間が過ぎていく。
この旅に出る前、先生方が随分心配もしてくれたが、その心配の中で一番大きな心配と言うのが僕の英語の点数だった。 「こんな点数で海外を一人で旅出来る筈がない。」と校長先生は僕に言った。 確かに、教科としての英語の成績は惨憺たるもので、普通に考えれば納得のゆく疑問には違いなかった。 ただ、僕には僕なりの考えもあった。 つまり、教科や語学としての英語と、人と人が意志疎通を行う上での言葉(英語ってことではなく)は違うと考えていた。 それに、だ、欧州で英語が普通に通じる国はどれだけあるのか? 少なくとも、フランスやイタリアでは言うほど英語が通じないし、通じても多くは相手も片言の英語だ。 仮に僕が英語を話せるとしても、その英語が通じない地では今の僕と然したる違いはない。 そんな確信めいたものがあったから、今回の旅に出るにあたっても、言葉が通じないって事は僕にとって何の問題も無い事だった。
 今こうして小村さんや田中さんも含めて、地元の人達と楽しい時間を過ごしている事を思えば、そして今回の旅での今までの体験を思えば、やっぱり僕の考えに間違いは無かったと確信するようになってきた。 勿論、片言ながら地元の人達と話せる二人の仲間を見ていて、やっぱり言葉が出来た方が楽しいに決まってはいる。 でも、言葉が出来なければ何かが出来ないと言うのは必ずしも当たっていない、と僕はやっぱり思う。
 さっき夕食を摂ったレストランに目をやると、こんな時間だってにのまだやっているようだ。
時間はもう零時をとっくに過ぎている。 さっき歌を歌った、やんちゃそうなはな垂れ坊主にしてもそうだけど、みんな夜更かしやなあ。
 
インデアン・ハウスで 青の洞窟 物売り(洞窟前で) 遊覧船から

青の洞窟


 波の音で目が覚めた。
時計を見ると7時半。 寝たのが遅かったからか、まだ眠い。
さあ、いよいよ今日は「青の洞窟」へ行く予定だけど、その前に朝飯。 3人で昨夜のレストランへ行き・・・・コーヒー飲んだのは覚えているけど、何を食べたのやら思い出せない。
 青の洞窟へ行くには二つの方法がある。
一つは、アナカプリからあのミニバスで洞窟の近くまで行く方法と(徒歩でも行けるが・・・・・)、マリーナ・グランデに戻って、そこから遊覧船に乗って行く方法。 何れにしても、洞窟に入るにはボートに乗らなければならない。 僕らはマリーナ・グランデからの遊覧船で行く事にした。 この方が、海からこの島の色んな所が見られるからだ。
 港に行き、遊覧船に乗るが乗船料の値引き交渉に45分もかけた。
結局、幾らにしてもらったのかは忘れたが、普通よりは安い料金で乗る事が出来た記憶がある。
遊覧船と言っても、十数人がやっと乗れる程度の小さな漁船に簡単な幌をはったようなもの。 僕らの交渉が出航ぎりぎりまで続いていたので、乗船するなり出航と相成った。
 船は観光ポイントに寄りながら島の周りを回っていく。
この島は、かのアウグストゥス帝も愛したと言われる古くからの保養地。 島内を散策するのも楽しいが、こうして船で海から見る島も素晴らしい。 所々、岩の隙間で陰になっている部分がまるで海中から照明しているように濃いブルーに光っている。 海中で反射か屈折した光が、岩の陰の部分に導かれて、海が光っているように見えるのだろう。 青の洞窟はこれと同じ原理で、洞窟の中の水面が青く光り輝いている筈だ。 こんなちっぽけな部分の海の輝きを見ただけでなんだか心臓がドキドキしてくる。
 
 何カ所かのポイントを過ぎると、小舟が一杯たむろしている光景が見えてきた。
たむろする船の向こうに小さな洞窟の入り口が見え、入り口の横には観光客だろうか、何人かの人が小舟を待っているようだ。 多分、バスか徒歩でアナカプリからやってきた観光客だろう。
 遊覧船はゆっくりと小舟の集まりの中に入って行く。
洞窟に入るには、この小舟(手漕ぎボート)に乗り換えなければならない。
一席ずつ、まるでタクシー乗り場のようにボートが遊覧船に接舷しては離れていく。 僕らの番がやって来て、揺れる小舟に乗り移る。 船頭は船首に向かって立ったまま、オールを押すようにして器用に漕いで舟を洞窟の方に進める。 入り口は狭く、一隻ずつ、波が洞窟に向かって押し寄せる時の波の力で一気に入って行く。
 僕らの舟の番が来ると、船頭が僕らに伏せるように指示する。
そりゃあそうだ、入り口が狭いので座ったままだと岩に胸から上がぶち当たって大怪我、いや死ぬかな。 入り口の天井(と言ってもほんとに狭い)には舟のガイド用にかロープが張ってあり、船頭はオールをこのロープに持ち替えて、僕らと同じように体を伏せた状態で波が来るのを待っている。 舟の舷側と洞窟の幅がぎりぎりで、頭上も直ぐに岩の天井と来ている。

 「バサーン」
と大きな波が僕らの船を押し上げると、その勢いで一気に僕らの船は洞窟に吸い込まれる。
一瞬にして明るい外界から、暗い洞窟の中に僕らは放り込まれた・・・・・とそこはもう別世界。 
洞窟の奥行きは50mちょっと、高さは15mと言うから中は結構広いらしい。 真っ暗に見える洞内だが、海が光っている。 まるで海底に幾つものライトを置いているかのようにブルーに光り輝いているのだ。 なんだか、水をすくうとその水まで光っている気がして、右手で水を掬ってみた。 何のことはない、普通の海水だ。
 洞窟の狭い入り口の海底から光が差し込み、その光が洞窟の海底に反射して洞内の水を照らしているのだろうか? ここはまるで異次元の世界。 船頭は立ち上がって、船を漕ぎだした。 しかも、突然、カンツォーネを歌い出したではないか。 船頭の声が洞内に響いて、まるでコンサートでも聴いているような感じだ。
 その内、目が慣れてくると、洞窟の岸辺のような部分が認識出来るようになってきた。
その昔、海賊の財宝の隠し場所だった、なんて伝説もある洞窟だ。 無いと分かってはいても、無意識に僕はそこに、海賊の宝箱を探し求めていた。 ここなら確かに、いい隠し場所になるだろう。
 ぐるっと洞内を周り、再びあの狭い口に舟が近づいた。
出る時は波が引いた時に、ガイドのロープを利用して一気に出るらしい。
僕らは再び頭を低く、伏せるような体勢にして洞窟脱出の時を待つ。 「バサーン」と大きな波の後、引き潮に乗って一気に抜け出す。 洞窟から出た途端、目映い日の光が僕の目に飛び込んできた。 洞内の柔らかい、あの不思議な光とは違う、まるで肌を焼くような光だ。

カプリ島の地図や情報、「青の洞窟」内の写真をこちらのサイトで見えます。
日本語サイトもあるので興味のある方はどうぞ。
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