廃墟の街(ポンペイ)

 
8月10日
なにやら体中がムズムズする感触で目が覚めた。
なんだか体中を虫が這い回っているような感じがする。 体を起こして寝袋のファスナーを開くと、なんと、寝袋の中を蟻が一杯這い回っている。 慌てて寝袋から飛び出してみると、僕の体の至る所を蟻が這い回ってるじゃないか。 蟻を振るい落としていると、二人も目覚めたようだ。 彼らの寝袋にも蟻が入り込んでいたようで、彼らも僕と同じように蟻を振るい落とし始めた。 昨夜は暗くて全く気付かなかったが、どうやら木の下のどっかに蟻の巣があったようで、よく見ると僕らの寝ていた辺りを蟻が這い回っている。 

 食事を軽く済ませた僕らは早速、ポンペイの遺跡に出かけた。
遺跡に入る前に博物館に入ろうと出かけてみると、入場料は150リラだが、学生は無料だと言う。 
この博物館には、ポンペイ遺跡で発掘された色んなものが展示されている。 それらの中に、僕はどうしても会ってみたい人がいる。 多数展示されている展示物には目もくれず足早にその人を捜して館内を歩いていると、一つの展示台が僕の目に飛び込んだ。 大きさは丁度棺桶位で、ガラス張り。 その中に、探し求めていた人がうつむいたまま横たわっていた。 
 紀元前8世紀に初めてこの街が築かれて以来、79年の6月24日まで、この街は商業を中心に繁栄を極めていた筈だ。 その街が、たった一夜の間に廃墟の街と化し、それどころか、ベスビオ火山の粉塵と溶岩の下に埋もれ、歴史から姿を消してしまう。 この街が再び陽の目を浴び、歴史に登場するのはベスビオ火山噴火から1700年近くも経ってからの事。 街の発掘が進むにつれ、家々や道路などの建造物と共に様々な日用品、美術品も多く見つかっている。 しかし、これらの発掘品より遙かに人々を驚かせた物がある。 それが今、僕の目前に横たわっている。
 街には当然のように多くの人々や家畜が暮らしていた訳だが、突然の噴火はこれら生き物が非難する猶予すら与えなかったと見える。 粉塵に巻かれ、流れ出る溶岩流に飲み込まれた生き物(勿論、人も例外ではない。)は一瞬にして蒸発したのだろうか。 その生き物たちの痕跡がこれら粉塵や溶岩の中に空間として残り、悠久の時を越えて後の時代に蘇ったのだ。
 どういう事かというと、このようにして出来た空間の中に石膏を流し込む事によって、これら生き物たちの最後の姿を復元出来たということ。 目前にいるこの人は、そんな最後の様子を克明な姿で今に伝えている。 中には断末魔の形相の犬の痕跡(と呼ぶべきだろうか)も見ることが出来る。

この人に会いたかった 断末魔の・・・・・ 後ろがベスビオ山 路地

 教科書で、ガイドブックで、TVで・・・・・何度この人の姿を見たろうか。
僕が小さい頃から、この人の姿を見るたびに必ずと言っていい程抱いた疑問の数々・・・・この人はこの街の何処に住んでいたんだろう? 何をしていた人だろう? 家族はどうなったんだろう? 最後の瞬間は苦しかったのだろうか?・・・・・・・・今ここで彼女に(と僕は思うんだけど)会ったからと言って、これらの疑問が解決する訳でもない。 でも、この後、彼女が生活していただろう、そう、彼女の街を散策することで、疑問か解決されなくとも何か僕の気持ちを満足させてくれる物が得られると僕は思う。 ガラスケースの中で横たわる彼女の姿を直に見て、なんだか古い友達に会ったような親近感を感じている。 おかしな話だね。 単なる石膏の塊の筈なのに、色んな事を想像させてくれ、語りかけてくれる。
 でも、こんなことを書く事自体がおかしな事だね。
僕の文章を読んでる限り、何だか『いい旅夢気分』の感触を受ける。 所が、実際のこの場、噴火の日に起こったことはそんな悠長なものではなく、この世の地獄絵図だった筈。 地獄絵図が起きた筈の現場の散策を僕は楽しもうとしているんだから。
 
 博物館を後に、いよいよポンペイ遺跡の中に入る。
街の家々に屋根こそ無いものの、街中を歩いているとまるで廃墟になる前にタイムスリップしたような錯覚に陥ってしまう。
路地をふと曲がると、さっきの彼女や断末魔の犬がひょいと出てきそうな不思議な空間。 博物館には彼女以外にも多くの人の最期の姿をした石膏象が無造作に置かれていた。 これらの人達が「やあ、いらっしゃい。」と出迎えてくれそうな邸宅や、様々な商店跡。 公衆便所や風呂、パン屋では色んな道具がちゃんと残っているし、床や壁のレリーフ・・・・・生々しいこれらの痕跡を辿っていると当時の街の喧噪すら聞こえてきそうな気がする。
 道路は大きな石が敷き詰められていて、ごつごつとちょっと歩き辛い。
2000年近くも前に繁栄した街だと言うのに、車道(自動車じゃないよね、当たり前の話だけど。)と歩道がちゃんと区別されているし、荷車の轍すら石の上にはっきりと残っている。 うかつに車道を歩いていると「危ねえぞ」って怒鳴られそうだ。
 そして、街の向こう、遠くにはこの街を滅ぼした張本人であるベスビオ火山が見える。
廃墟のこの街の姿や、博物館の人々(石膏象)とあの山を見ていると人の力や文明の力の無力さと、そして自然の力の偉大さをいやが上にも思い知らされる。 

 人類は今、あのベスビオ山が放った災いに匹敵する、いやそれ以上かも知れない恐怖の武器を手にしている。
火山の噴火はなかなか予知出来ない事。 まして噴火を止めるなんて事は残念ながら現代の科学力を持ってしても出来ることでは無いよね。 しかし、人類が持っている悪魔の兵器による破壊や殺戮は僕ら一人一人の努力で回避出来るかも知れない。 間違っても、人類が作った物(兵器)が原因で、このポンペイ遺跡のような景色をこの地球上に作り出すような事があってはならないと思う。
ちょっと真面目な感想を書いてしまったけれど、この街を歩きながらそんな事を想った。

 廃墟の街を歩いていて偶然、Nさん夫妻に再会した。

カプリで別れて以来だが、やはり考える事は同じなんだなあ。 少し話した後、夫妻と別れて僕らはこの廃墟を後にポンペイの国鉄駅に向かう。 途中、露天のスイカ売りがいる。 僕らが近づくと、店の主人の子供だろうか、その子が僕等の目前でスイカを割って、「うまいよ」ってなことでも言ってるようだ。 一切れ200リラだと言うので、小村さんがおごってくれた。 ちょうど喉が渇いていたこともあって、これは美味い。 スイカを食べてると、その子供や周りにいる大人が「カンフー」「カラテ」「ジュードー」と、これまた煩い位に話しかけてくる。
 12時半過ぎ、駅に到着。
これからローマに向かうが、ローマへの直通はだいぶ先になる。
この駅で時間を潰すよりは、取り敢えずナポリまで行って、乗り換えでローマに行こうという事になった。 ホームで列車を待っているおばさんに聞いてみると、その人もナポリへ行くと言う。 両手に荷物を提げて列車を待っているので、直ぐに列車が来るだろうと待ってみるが待てど暮らせど列車が見えない。 気になって、ホームの時刻表を見ると次の列車は何と・・・・・2:40。 来るはずがない、そう簡単に・・・・おばさんは列車の時刻を知ってるんだろうか?
 こりゃあどうしようもない。
ベンチに座って3人で話していると、どっからともなく人が集まってきて再び「カンフー」「カラテ」・・・・・。
中には昨夜、あの公園で見かけた顔が幾つも混じっている。 まあ、退屈凌ぎにはいいやと昨夜の話の続きを始めた・・・・と、おいおい、小学生位のガキがタバコを平気で吸っている。 その横にいた、ちょっと体のごつい兄ちゃんが「将来は警官になりたい」なぞとほざいてるらしい。 
 郷に入っては郷に従え。
ちっちゃい頃からワインを飲む国柄だ、ここで日本の常識(いや法律だったか)を彼らに押しつけても始まらない。 だいいち、周りにいる大人が平気で子供にタバコを与えているんだから。 それにしても、昨夜見たときはえらく柄が悪そうに見えた人も、こうやって陽の光の下で見ると陽気ないい連中ばっかりじゃないか。 あの時感じた彼らの危険そうな雰囲気、それは彼らの雰囲気がそうだったからと言うよりむしろ、僕の方の警戒心が彼らに反射して、それを危険な雰囲気として感じ取っていただけのものだったかも知れない。
 この人達のお陰で長い待ち時間も退屈することなく過ぎ、僕等はナポリ行きの列車に乗車。 鈍行と言うこともあってか、車内はがら空き状態。 のんびり車窓を楽しみながらナポリへ行って、遅めの昼食だ。