悪友ロンドンへ来る

再 会

ジャン
  ロンドンの生活が1年を過ぎようとしていた頃、つまりロンドンに来た翌年の8月、ビートルズ狂いの悪友である、名前はそう、ジャンとしとこうか、彼が欧州旅行の途上、ロンドンに立ち寄ると言う便りが来た。

 奴とは小学校と高校が一緒だった。
奴との小学生時代の思い出と言えば、僕が丁度星に興味があって天体望遠鏡を欲しがっていた頃、奴が望遠鏡を持っていると言うので、奴の家(奴の家はクリーニング店をやっていて、その店舗兼工場兼自宅。)にその望遠鏡を見に行った事位だろうか。 あれは確か、カートン製の口径6cmの屈折望遠鏡だったと記憶するが、その望遠鏡が僕にはとても眩しく見えた。 ただ、当時の僕の小遣いではとても買える代物でもなく、結局、僕は望遠鏡の自作キット(口径8cm)を買って自作した。
 中学は校区の違いで違う学校に通うが、その後、高校は同じでクラスも3年間一緒。 中学時代、奴とは殆ど付き合いも無かったが、高校から再び、僕の小さい頃からの悪友達と共に、何やかんやと付き合いが深まった。  暫く付き合いの無かった奴は、中学3年の間にすっかりビートルズに感化されてしまって、知らぬ間にトンデモナイ、ビートルズ狂いになっていた。  
 僕らが高校3年の時、最後に何かやろうと言う話になり、このジャンと、他に小学生時代からの友達も含め、急遽、文化祭でビートルズなんかの曲をやる事になった。 ジャンはギターが出来るし、他の連中も問題ない・・・・ベースだけ弾く者がいなかったので、中学時代の同級生を無理矢理引き込んで、急ごしらえで彼にベースをやってもらう事にした。 僕は、中学生時代、ちょっとだけドラムをやった事もあって、ドラムと司会をやる事になった。 事の成り行きと顛末はビクトリアの章で書いた通りだ。
 高校を卒業後、ジャンは大学に進み僕はロンドンへやって来た。
その奴が夏休みを利用して、一人で欧州を2ヶ月間一人旅するついでにロンドンへ立ち寄ると言う。

 この年の5月5日、僕は付き合っていた例のTMと結婚し、その新婚旅行として夏の一ヶ月間、やはり欧州を旅する計画をしていた。 欧州大陸のどっかで会うのも面白そうだったが、そうすればお互い、その日に縛られる事もあって、気楽な風まかせの旅が出来なくなるので、結局、奴には僕らが旅から帰った頃、ロンドンに来てもらう事にした。
  僕も彼女も共に仕事と学校があったので、奴には僕の仕事場、ピカデリーのフレンチ・レストランの簡単な略図だけ描いて送った。 住所も電話番号も書かず、ただ、本当に簡単な略図(奴に言わせると、あれは略図とは言わない・・・・そうな。)だけを描いた。
 何故そうしたかって?
そりゃあ、その・・・・・、その方が面白いから、かな。
どこへ行くのもそうだけど、あるポイントを明確に示して、その日時まで決めたんじゃあ、何の楽しみも面白みも無いからね。
どんなに迷っても困っても、僕はロンドンにいるんだし、ましてピカデリーのどっかにいる。 奴なら絶対、住所がわかっているフラットじゃなく、仕事場の方を探し当ててやって来るだろうし、それが無理なら、何らかの方法で僕に会える方法を考える筈だ。 そんな確信が僕にはあった。

 その日は土曜でちょうど彼女の仕事も休みだったので、二人でピカデリーにある僕の仕事場に向かってリージェント通りを歩いていた。
彼女が休みの日は時々、彼女も僕の仕事先へ来て仕事を手伝ってくれたりもしていた。 シェフが彼女に料理を教えてくれたりもするので、これは仕事抜きでの僕へのお付き合いって所だろうか。 
 最初は店のオーナーが給料を出すと言ってくれたが、これは僕らの勝手だからと辞退した。
彼女が手伝いに来た日は、シェフが決まって肉を切り分けて持って帰れと言ってくれる。 それも中途半端な量ではないし、良いところばっかりを。

 天気もいいし、二人で手を繋いで歩いていると突然、パーンという大きな音と共に、僕の背中に痛みが走った。 思わず後を振り向くと、そこには笑顔のジャンの姿があるではないか。
 「この野郎、思いっきり背中叩きやがった。」とは口に出さなかったものの、「どアホ、痛いやないか。」。
これが久しぶりに会う悪友との第一声とは・・・・・。
 奴はパリからロンドンへ来る途中、知り合った日本人と一緒で、取り敢えず僕が仕事してるレストランへ一緒に行く。
僕が仕事を終える時間を教えて、再びこのレストランで待ち合わせようと話していると、ウエイトレスのマリアが「今日はスペイン風カレーを作ったから、貴方のお友達、良かったらお昼に食べに来るといいよ。」って言ってくれた。

 ジャン達は昼食を僕の働くレストランで採って、その後再び市内観光、そして僕の仕事が終わった後、僕はジャンと再会して奴をレスタースクェア近くにあるスイス・センターって所へ連れてった。 そこはピカデリーから歩いて5分程の所で、スイス航空やスイス銀行が入っているビルだが、その地下がスイス料理のレストランになっている。 ちょっと薄暗い店内だが、天井一面にビールかワインか知らないが、酒のボトルが上向きに埋め込まれている(ビンの底が下向きに)変わったレストラン。
 僕らはそこで、卒業以来の色んな話を夕方まで、延々と続けた。
奴に彼女がいてそれがどうのこうの、大学生活の事、僕の家のこと、それに、欧州旅行の事・・・・・・またたく間に時間は過ぎて行く。 
 所で、何故あんな場所で出くわしたのか? 聞いてみると、やはり僕が送った地図、いや略図ではあまりに大まか過ぎて場所の特定が出来なかったらしい。 そこで、僕との手紙の遣り取りから推測して、僕が通勤で確実に通ると考えられる場所、つまりリージェント通りで待っていれば、絶対に会えると考えたらしい。 
 確実に僕に会うなら、そしてお金を出すことが苦にならないなら、タクシーを止めて、その運転手に僕のフラットの住所を見せれば難なくフラットの前にドンピシャで降ろしてくれた筈だ。  ロンドンのタクシー運転手になるには試験があって、道と言う道を完全に近い位、しっかり覚えないとこの試験にパス出来なかった。 だから、道路名さえ告げれば間違いなくその道路に連れてってくれた筈。 しかし、そう言う安易な方法を採らず、あえて僕が知らせたレストランかその途上での再会に拘った辺り、流石僕の友だ。
 
アビーロード

 翌日、僕は仕事も休みなので彼と待ち合わせて(どこで待ち合わせたのか、もう覚えていない。)、一旦、彼を僕達のフラットに連れて行く。 フラットを見せてお茶を飲んだ後、僕は彼をハンプトン・コートへ案内しようと一緒に外へ出た。
 レッドバス・パス(定期券)を持っている人は、土日に限って、同行者を一人、無料で乗車させる事が出来、バスの場合は定期とは言え区間限定は無かった。 つまり、ロンドン・トランスポートのバスは乗り放題って事だ。 時間は掛かっても、このバスを使うのが一番安上がりってことだから、これを使わない手はない。 ハンプトン・コートへ行くには159番のバスに乗るより、ちょっとだけ歩いて28番のバスでリッチモンド・パークに出た方が早いので、彼を連れて近くの28番が止まるバス停まで歩き出した。 数分歩いた所で彼が突然立ち止まった。

「どないしたん?」
「どないしたんって、お前、この道アビーロードやろ。」
「それがどないしたん?」
「どないしたんて、お前、アビーロード知らんのか?」
「何やねん、それ。」

 呆れた顔でかれはアビーロードの事を僕に話し出した。
はいはい・・・ビートルズの録音スタジオだった場所でっか・・・・・そう言えば、関係あるかないかは知らないけど、彼が教えてくれた建物の前にはよくロールスロイスが停まっていたりする。 でも、この通りに限らず、僕が住んでるクリーブロードだってこの車を持ってる人が2人いる。 別に珍しい事でもない。
 なんでも、レコードのジャケットの写真にもなったと言う横断歩道とかを有り難そうに、いや、感慨深げに奴は見ているが、僕にとっては、そう言えば奴に何度かそんな写真を見せられたっけ、と言う程度のもの。 悪いが僕はビートルズにゃ興味無かった。

 ミニコンサート??

 バス停で暫く待って28番のダブル・デッカーに乗ると、二階に上がって一番前の席に二人並んで席を取る。 大人げないと言われると反論のしようもないが、僕は乗り物に乗る時は窓際が好きだし、バスは一番前の席が一番好きだ。 
 昔っからそうだけど、やれ甘い物が好きだとか、酒を飲めないとか、乗り物でこういう席が好きだなんて言うと、大人げないとか子供っぽいって言う人がいる。 30歳になる位までは「何をもって大人げないと言うのか?」とか、甘い物が好きだから大人げないなんて言われようものなら「じゃあ、アメリカ人はみんな子供か?」なんて食ってかかってたもんだ。 人にはそれぞれ違った価値観ってものがある。 自分の価値観やら、日本人としての狭義の価値観を絶対のもののように振りかざされる度、僕は反発した。
 この国や人々にそのようなものが無いとは言わない。
同じ人間であり、その人間が同じように構成している社会である以上、違った形でそのようなもの、つまり自分や自国の価値観の押しつけのようなものは存在する。 ただ、僕のような短期滞在者にとって、そんな場面に出くわす事がそう多くは無かったと言うだけの話だとは思う。

 レッド・バスの停車区間は結構短い。
だもんで、ちょっと走ってはバス停に停まるので、目的地までの距離の割りに時間がかかる。 これがレッドバス(ダブルデッカーを初めとしてロンドン・トランスポートの赤いバスをこ呼ぶ。)の欠点の一つだろう。 急ぐときはやはりチューブ(地下鉄)に限る。 バスの景色にも飽きてきて、話も一段落した頃、奴がビートルズの曲を口ずさみ始めた。 勿論、英語で口ずさんでいるんだが、その声が又、そう大きくはないとは言え、少なくとも、バスの最後尾席でも聞こえそうな大きさだから、僕は少し恥ずかしくなってきた。 二階席には10人ばかりの客がいる。
 そんな事お構いなしで彼はビートルズの曲を何曲か歌い続けてくれるではないか。
「参ったなあ・・・・」と、何気なく後を見ると、斜め後ろに座っている老夫婦が、彼の歌に合わせて調子をとっている。
バスが終着駅に着いて、僕達が席を立とうとした時、後からパラパラと拍手が飛んできた。
おいおい、これならギター付きでストリート・コンサートやって旅費を稼ぎながら旅行出来るぜ。

 バスを乗り換えると、すぐにハンプトン・コートに着いてしまう。
ハンプトン・コートはロンドンの南西端にある小さな町で、このチューダー様式の建物が多く残る町が僕は大好きだ。 この町には、16世紀に立てられた美しい宮殿、ハンプトン・コート・パレスがある。 元もとはヘンリー八世の重臣が立てた物らしいが、いざ、宮殿が出来てみるとあまりに美しいので、その主人であるヘンリー八世がぶんどったという曰くある宮殿。
 まあ、そんなこたあどうでもええ。
ここは僕の気に入りの場所の一つで、これまでにも何度かやって来た事がある。
わざわざ友がロンドンまでやって来たんだから、もっとロンドンらしい場所がいいんではとも思ったけど、あの時期、僕が一番気に入ってる場所へ連れてくのが一番いいと思ったのであえて連れて来た。

 連れてきたからといって、ここで別に観光案内をする訳でもなく、ただ公園を話しながらブラブラと、夏のロンドン郊外ののどかな雰囲気を楽しんで、芝生に座ってまた話をして・・・・・・・

 翌日だったか翌々日だったか、僕はジャンをビクトリア駅まで送って行った。
奴がビートルズ狂いだと言うことは解っていたし、ビートルズの曲を英語で歌える事も知っていた。 語学なんぞ出来なくったって海外を一人旅するのに何ら支障がない事もよーく解っている。 にも拘わらず、奴から欧州を二ヶ月間一人旅すると聞かされた時、まあ、旅は出来るだろうけれど、ちょっと不自由な旅になるのではと、心配も少しはしていた。
 ところがどうだい、奴は自由自在に思うように欧州を旅している。
風の吹くまま、気の向くまま、自分の行きたい所へ行き、見たい物を見て、何一つ不自由無く旅を続けているじゃあないか。
久しぶりに会った悪友に、幾ばくかの頼もしさを見出しつつ、駅構内のカフェでコーヒーを飲んで、奴は車上の人となった。
 いつか、一緒に欧州を旅したいねえ。 
リュックに寝袋しょって・・・・・お金は要らないねえ。
自分への土産物はお金を出して買ってくるもんじゃあない。 自分自身で作って持って帰るもんだ。 
そんな旅を、いつか一緒にしたいもんだねえ。


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