初めての国際電話

 やっとフラットに落ち着いた所で、家に報告の電話を入れてみることにした。
日本と英国では8時間、サマータイムでは9時間の時差があるので、その時差を考慮に入れておかないと深夜、相手を起こしてしまうことになる。 今まで家に絵葉書や手紙は送っていたものの、一度声を聞かさないことには、これは心配しているだろうことは容易に想像出来る。
 フラットの部屋に電話は無いが、玄関を入って直ぐのところに公衆電話と同じ電話機が壁に設置されている。 受話器を取り上げ国際電話の交換を呼び出す。
「Can I help you.」 
「I want collect call to Japan please.」
後は向こうから相手の電話番号や名前を聞いてくるからそれに従うだけだ。
「Hold on a minutes.」・・・・・・・「Go ahead sir.」
と、その直後、母の声が受話器の向こうから返ってくる。

 電話の話が出たついでに、当時の英国の公衆電話について触れておこう。
今はどうか判らないが、僕がいた当時の英国の電話ボックスは木で出来ていた。
格子のように組まれた桟にガラスがはめ込まれ、赤いボックスの上には王冠の模様が描かれている。 電話機は灰色で受話器は黒。 本体の右上にはコイン投入口が二つ並んで開いており、2ペンスと10ペンス硬貨が使える。 市内通話で2ペンス(当時約10円)で3分、10ペンスは??(一時、、無制限と言った話も流れたが実際のところは判らない。)。
この、コイン投入方法が日本と違っていて、まずダイアルをして相手先の呼び出し音が出ている段階ではコインを投入出来ない。 相手が受話器を取った時点で初めてコイン投入口がスルーになり、コインをシューターに押し込むとガチャンという音をたててコインが電話機の中に飲み込まれ相手と通話出来るようになる。
 殆どの公衆電話のこの投入口は堅くて、時々親指で思いっきり力を入れてコインを押し込まないと入らない事がある。 うかうかしてると、相手の声は聞こえるが、コイン投入に手間取り、その内切れてしまう事もある。 駅なんかで古い公衆電話でかける時は、まずコインを投入口に立て、受話器を取ってからダイアルし、深く深呼吸の後、投入口に立てたコインに親指の腹をあてがい、力を入れやすいように肘を上げて腕とコイン、投入口が一直線になるよう体勢を整える。 端から見てると何やってんのって姿だが、そうしないと通話出来ないようなものに時々出くわす事があるのだ。 ああ、ここはほんまに大都市ロンドンかいな。
 ただ、この当時ですでに、街中のどの公衆電話からも国際電話が掛けられた事を考えると、やはり流石ロンドン。 僕がこの時掛けたのはコレクトコールだったが、後日、ある事に気付いて愕然とした。 それはコレクトでも相手指定(Person to person)だと料金がとんでもなく高い事。 ただ、ある時、相手指定で掛けた所、いつものようにロンドン側の交換が直接日本の電話先に繋ぐもんで、この交換が英語の解らない相手に「・・・・さんからコレクトですがお受けになりますか?」と英語で喋る。 当然、相手はチンプンカンプン、やもう得ず交換から「コレクトを受けるか貴方から聞いて欲しい」と丁重な依頼が入り、電話先の相手と繋いでくれる。 手短に用件を話し、交換には「指定した相手が留守なので又かけ直すよ。」でタダ通話完了。 流石にこれも、同じような事例が多かったのか、いつしか、直ぐに日本の交換へ一旦繋がれるようになった。 それから、日本語を話す交換まで現れたのは僕が帰国する前年くらいからだったろうか。

 
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地下鉄とバス

ダブル・デッカーの二階(手前は階段の手すり) ベーカールー・ラインの車内
上の写真は長女が交通博物館で撮影。(僕が居た頃は、これらの車両だったんだよね。)

 ロンドンの地下鉄は歴史も古く、最初の頃は馬車で営業していた時期があることを先に書いたが、そのサービス網は彼の有名な赤バス同様、網の目のようにロンドン中に張り巡らされている。 日本のように幾つもの公営や私鉄が相互乗り入れしているのでは無く、ロンドンの地下鉄と近郊路線はロンドン交通局(London Transport)が管轄している。 市街地ではその名の通り、地下、それもモスクワのそれ同様に深くを走っている。 何せ、ロンドンの中心地、ピカデリー近くにあるレスタースクエア駅などその深度は50mと謂うから恐ろしい。 エスカレーターに乗っているとまるで奈落の底に引きずり込まれるような感覚に襲われる。 また、車輌や設備も古い物が今も現役で使われており、エスカレーターの階段部分が木製のものも時々見かける。 リフト(エレベーター)に至っては、出入り口がまるで鳥かごのような、中がスケスケで出入り口も手動の物を幾らでも見かけられる。 
 これはもう時効だと思うので書くが、僕がクインズウエイにいた頃のある夜、仕事が終わってクインズウエイの駅に着き上に上がろうとすると、今まで気付かなかった階段が目に入った。 見ると、別に立入禁止とも書いてないし、入れないように柵をしてある訳でもないので、そこは好奇心旺盛の僕、「これは登ってみなけりゃなんめえ。」とこの薄暗い未知の螺旋階段を登り始めた・・・・・と、なんと改札を通り越して、外へ出てしまったではないか。 それから注意していると、このような階段が時々、違う駅にもあり、結果は全く同じだった。 当時金の無かった僕は5pのチケットを買って、この天の恵みである階段を時々利用させてもらった。 時折、駅員がしっかり階段の上で待っている事もあったが、1区間の5pを渡せば彼らの×××になり、お互いハッピーとなる。 もっとも、滞在2年目位からこの事が問題視され(僕が原因じゃないですよ、お金が出来るとちゃんと定期を買いましたから。)、ロンドン交通局もこの事には苦慮していたようで、結局、この階段の出口の門は閉められることが多くなった。 でも、何で最初からそうしなかったのだろう。
 地下鉄は渋滞が無い分移動時間が少なくて便利なため、最初はこれを利用していたが、定期区間しか定期は使えない。 これは不便とあって、その内バスの定期を利用するようになった。

 ロンドン近郊のバス(よく言う赤バス)網も驚く程発達していて、地下鉄以上に網の目のようにロンドン中を走っている。 有名な2階建てバスはダブルデッカーと言って、一階は禁煙で5人の立ち客が定員。 ただ、観光地や繁華街を通り抜ける路線ではこれが守られない事も多く、僕も何度か2階で立ったまま乗車したことはある。 勿論、車掌(ワンマンカーが多くなったが)によってはこの規則を守って、絶対定員以上乗せない人もいた。 二階は喫煙席で立ち乗りは禁止。 停留所はバスが必ず止まるものと、リクエストと言って、手を挙げないと留まらないものがある。 バスの階段が最後尾にあって、扉の無いタイプだとバス停でなくともよく飛び乗ったり、飛び降りたりしたもんだ。 降りる時は、一階の場合は席の上にロープが張ってあり、これを引っ張る。 二階ならボタンを押す。
 バスの定期の場合、区間制限が全く無いので、有効期間中なら大ロンドン(Greater London)内自由に乗り降り出来る。 しかも、何時からだったか、休日(土日を含む)は一人が定期を持っていれば、一人だけゲストとして無条件に無料でバスに同乗出来るようになり、土日は僕の定期で夫婦揃ってロンドン中を走り回ったもの。
レッドバスの定期券


 右のパスはそのレッドバスパスだが、乗車区間制限が無い事に注意。 しかも、料金は区間制限のある地下鉄と変わらないか安い位だった。 これで月£7.50(約4000円弱) と、安くて便利なバスだが、問題も無いではない。 実はこれが最大の問題なのだが、僕がバスを使い出したのはキルボーンからウエストハムステッドに引っ越してからで、ピカデリーのバス停から159番のウエストエンドグリーン行きに乗る。 バス停の時刻表を見ると5〜7分おきにバスが来ることになっている。 所がどっこい、来ないとなると1時間以上も来なくて、やっと来たと思うと5台6台と連なってやって来る。 最初のバスは超満員で、次のがやや満員、そのそぐ後に入ってきたのはガラガラで、更にその後のは言うまでもないこと。 はじめの内は腹も立てたが、その内1時間程度の遅れは慣れっこになってしまった。 ここで、バスについて僕が見た事感じた事をちょっと書いてみよう。


非常口
リージェント通り

 右の写真はリージェント通りで撮ったもので、手前はピカデリー、この先へ進むとオックスフォード通りにぶつかり、そこがオックスフォードサーカス。 写真左手のバス停が毎日利用していた所で、丁度12番のバスが停車中。 バスの最後尾に階段があり、階段を登ると喫煙席。 バスの路線番号(12)の上に横長の窓が見える。 これは窓であると共に、ドアにもなっている事が中から見るとすぐ理解出来る。
 何でこんな所にドアが? しかも横向きに。
ある時、このバスの運転手になる為の訓練の様子がBBCで流れていた。 なかなか凄い。 どう凄いって、水をまいた路面で180度のスピンターンをやらされている。 しかもこのダブルデッカーで。 更に驚いたのはその訓練生は女性・・・・・女性の運転手は多く見たが、みんなこんな訓練を受けていたのかと思うとゾッとする。 
 普通の乗用車じゃない、安定の悪いダブルデッカーなんだこれは。
ふと、このバスが倒れたらどうなると想像してみた。
 なんと、あの横長の窓兼ドアはちゃんとしたドアになるではないか。 そう、この扉はバスが横転して初めてその真価を発揮するのだ。

ハンディキャップ  
 バスに乗り込むと、1階の場合すぐに向かい合わせのベンチシートがあり、その前方に前向きでベンチシートが2列並んでいる。 この中で、入り口を入って直ぐの向かい合いベンチシートの乗降口側に Handicapped と書かれたプレートがある。 日本式に言うとシルバーシートといったところだろうか。
 最初この表示を見た時は少なからず衝撃を受けた。 
僕ら日本人の感覚からすれば何と直接的な表現なんだろう。
ある時、英語学校の授業でこのことについて先生に尋ねてみた。 ところが、何故そんな疑問を持つのか? と逆に聞き返される始末。 そう、ここで使われている Handicapped はある状態を指し示す言葉であり、僕が理解し想像した身体障害者席と謂ったニュアンスとは大分違うものであることに気付いた。
 つまり、障害者では無く、ハンディーを負った人の席位の意味であり、それは多分、ゴルフで使われるハンディのニュアンスに近い。 僕の父は僕が生まれた時からこの身体障害者であったが、父自身はその事を何ら恥じること無く、人一倍の仕事もし、81になるこの年でも未だに義足を自転車の荷台に引っかけ、片足で自転車を漕いで町へ出かける。 僕自身、小さな頃からそんな父が誇りであった。 そんな父の姿を見ていた僕にとって、障害者と言う言葉は単なる状況説明の言葉と理解していた筈なのに。
 とは言え、父が旅に出るときはとても気を遣っている。
旅先は階段が多いか、宿のトイレや風呂はどうなっているかなどなど、そして同行者に負担がかかる事が予想されると父はあっさりその旅行を中止してしまう。 そのくせ、父が東京に来た時など、老人が乗ってくると必ず席を譲る。 父にとってのハンディとは障害者と謂うことでなく、何がフェアーかという事ではないかと僕は思っている。
 これは僕の独断と偏見かも知れないが、この Handicapped と謂う言葉の裏には、傷害者と謂う意味では無く、恐らくこの言葉には「フェアに行きましょう」という言葉が隠されていると思う。 若者と年寄りなら、体力の点で老人がハンディを負う。 老人と妊婦では状況によって妊婦がハンディを負う。 僕の家内が妊娠中、何度となく席を譲られた経験があるが、一度はよぼよぼのお爺さんがフラフラしながら席を立とうとしてくれたことを覚えている。

威風堂々
 僕がダブルデッカーの二階に乗っていたある日、バスはオックスフォード通りを西に向かい、ちょうどセルフリッジスという有名大衆デパート前に停車した。 すでに定員近く乗っているバスの外には長い列が出来ている。 何人かの乗客が降り、列の先から待っていた客が乗り込もうとした時、この人達を押しのけるように図体のでかい3人の男達が乗降口に足を掛けた。 
 すると、体が小さくきゃしゃなお婆さん車掌が両手を開きこれを阻止している。
「私はこのバスの車掌の権限として、あなた達の乗車を拒否する。 すぐに列の最後尾に回りなさい」と言っている。 それでも男達は無言で乗ろうとするが、車掌は体を張ってこれを阻止している。 その内、列の人達、バスの乗客が彼らに抗議を始めた。 列の中にいたやはり体の小さい、ちょっと神経質そうなお婆さんまで前に出てきて抗議を始める。
 流石に、周りが敵だらけとふんだのか、彼らはすごすごとどっかへ立ち去って行く。
この間10分も掛かったろうか、後ろに何台ものバスが詰まったが車掌は毅然とこのやりとりを続け、決してバスを発車させようとはしなかったのだ。
 列から、バスの中からこの車掌に対して拍手が送られた。
ちょっとした何でもない事のようにも思えるかも知れないが、僕の頭にはあの威風堂々のメロディーが流れて来た。 当時日本では「英国病」等といって多くのマスコミでこの国を馬鹿にする傾向があったのを僕は知っていたが、あの車掌の姿こそヒトラーの野望に屈しなかった英国の姿のように思えてならない。 最近の日本経済繁栄なんて、この国の長い歴史から見ればほんの一瞬、波で言えばさざ波。 この国の本当の恐ろしさはむしろ底波なんじゃないか? 彼らにこの精神がある限り、僕らはそう簡単に彼らを追い越せないのではないか・・・・なんて、この体験で感じた無知な僕の感想。 この考えは今も変わりなく僕の心にある。
 
 最後になったが、このバスも地下鉄と同じロンドン交通局の管轄なので、ロンドン中どこえ行ってもこのバスで事足りる。 ただ、イギリスでバスと言うと市内や近郊の路線バスの事で、中遠距離のバスはコーチと言う。

 
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