プロローグ
僕が始めてアマチュア無線というものを知ったのは中学1年の時だった。
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中学校の入学式の後、色んなクラブの紹介があったが、その中で科学部電気班というのが、実質的 なアマチュア無線クラブだった。 何やらラジオのような箱の前に先輩達が座って、その得体の知れない箱に付いているダイアルを右に左に回している。 そのダイアルを回す度にピーピーガーガーと音は変わるがそれ以外の音は何も聞こえて来ない。 外には竹竿2本に線が張ってあり、それがアンテナで、遠くの人と話が出きると言う。
「雑音ばっか聞いて何がおもろいねん。」これがその時の印象。
遡ること1年、僕は行きつけのプラ模型屋で玩具のトランシーバーを買った。
お年玉や小遣いを貯めてやっと手にした憧れのトランシーバー。 当時¥4,300だったこの、決して安くはないトランシーバーは友達との銀玉鉄砲の撃ち合いや、缶けり遊びにおいて、僕らのチームを確実な勝利に導いてくれる新兵器になる筈だった。 しかし、到達距離約60m、当時の僕らにとっては十分な性能ではあったが、アンテナが長く、山中や草むらでのゲリラ戦では殆ど使い物にならず、結局、僕らの秘密基地と見張りを繋ぐだけの 用途に限定されてしまう。
そんなある日、基地にいた僕は殆どお払い箱になっていたこのトランシーバーのスイッチを何気なく入れた。 するとどうだろう、いつもは何も聞こえない筈のトランシーバーから、あろうことか、英語が湧き出るように聞こえて来るではないか。 しかも、その言葉の中にエンタープライズと言う言葉が何度となく聞き取れる。
僕は慌てて、みんなを大声で呼び寄せ、この通信を皆に聞かせた。
「おい、これはエンタープライズやで。」
「こらエンタープライズや、間違いない。」
エンタープライズと言って当時の僕達が頭に浮かぶものは一つしか無かった。 そう、それはアメリカ第7艦隊の原子力空母エンタープライズ。 そんな話をしている丁度その時、僕らの頭上を3機の戦闘機が西に向かって飛んで行く。
「ありゃ104(ロッキードF−104)ちゃうぞ。」
「コルセアや」だの「スカイホークや」だの、皆勝手な想像を膨らませる。
「今の交信、あの飛行機とエンタープライズのちゃうか?」
一人が無責任な、しかし非常に興味深い発言をする。
「誰か呼んでみい、応答くれるかもわからんぞ。」・・・・・・・秘密基地内はもう騒然としている。
「今の飛行機聞こえますか? 聞こえたら応答して下さい。」 何度もトランシーバーに向かって叫ぶ。
応答がある筈も無いが、「あれは軍事機密があるから応答出来なんだんや。」で意見が一致。
結局、中学の無線部に興味はあったものの、あんな小さなトランシーバーで聞けた英語の通信が、こんなに大げさな設備で聞けない事に落胆し、そのまま無線とは縁切れとなってしまった。
次に僕がアマチュア無線と出逢うのはロンドン。
『遙かなるテームズの流れ』にも書く予定だが、僕が結婚して住みだしたフラットの近くに、何やら無線機のような物を置いて、ピーピーガーガー音を出している家があった。 店屋のように看板があがっていた訳ではないが、玄関から数台の無線機が机の上に並んでいるのが見えた。 今なら、これがケンウッド(当時はトリオと言った)社製、つまり日本製のTS−520シリーズだと判るし、僕が開局して始めて持ったのが中古のTS−520Vと言う無線機だった。
僕がロンドンに住んで2回目の冬を迎える時、すでに結婚していた僕は妻を両親に引き会わせるため(僕は彼女のご両親に会うため)1ヶ月だけ帰国する。 北海道の小樽には妻を僕と引き会わせてくれたペンフレンドがいる。 彼女は妻の大学のマンドリン部の後輩で、たまたま、この女性と旅について文通していたことから全ての話しは始まったのだった。
僕はこの時初めて、妻を引き合わせてくれたペンフレンドに会った。
駅まで迎えに来てくれたペンフレンドの車には無線機が取り付けられ、小さなアンテナがバンパーから延びている。 彼女の家に着くと、庭に大きなタワーが設置され、その上に3素子の八木アンテナが乗っかっている。 部屋には、ロンドンで見慣れたのと同じ無線機が机を占拠している。 この時の話で、HF帯という周波数帯(バンド)を使えば、たった10wの出力でも電波は地球の裏まででも飛んで行く事を知った。
再びロンドンに戻った僕は、アマチュア無線に多少の興味は残しつつも、再び無線の事は忘れてしまい、そのまま帰国し、音楽学校に入学する。 ギターの練習とバイトに追われる毎日の中でも、日本を飛び出したい気持は無くなることはなく、そんなある日、ふとアマチュア無線講習会の案内を目にする。
「無線ならいつでも世界を飛び回れるんだ。」
すぐさま講習会の参加申請をし、数ヶ月後、ぼくはアマチュア無線技師の免許と局免許状を手にする。
携帯電話やインターネットの発達した時代に何を今更無線? などとこのような言葉を耳にする事がある。
確かに、通信の確実性や情報量などから考えればアマチュア無線でこれらに対抗する要素は既に殆ど無いのかも知れない。 それまで、一般的には閉鎖的な通信環境でしか無かったこれら電話回線による通信メディアも、インターネットの普及に伴い、不特定多数に傍受されることを前提にした無線に比べ、非常に高度な機密性を保持しながら、それでいて、多数の相手と自在に通信出来る利点を合わせ持っている。
だからと言って、アマチュア無線が総ての点でこれら最新メディアにその使命を奪われたと考えるのは早急過ぎる。 何故なら、これまで述べたのはあくまで情報のやりとりの面での話であり、実際のアマチュア無線にはそのような事とはまた違った多くの楽しみや分野があるのであり、単純にやれ「携帯電話で確実に連絡がとれる。」とか、「ネットの方が遙かに多くの情報を確実に世界中に流せる。」とか言ったものでは無いと思うし、逆に、通信の不確実性こそ、アマチュア無線の本来の楽しみの出発点だと僕は思う。
僕は開局以来、海外交信(DX通信とも言う)を主にやって来たが、アワードハンティングなどをやってると、時々これは釣りと同じだなあと思う時がある。 アンテナが竿だとすると、電波は天蚕糸で、自分が居る地は餌。 何故餌かと言うと、アワードハンティングなんかをしているハムにすれば、ハムが少なく、交信の機会が少ない地にいるハムはとても貴重な存在だから、珍しい所から出ていると、電波さえある程度強ければ蜂の巣をつついたように世界中のハムからコールされることになる。 空のコンディションはさしずめ潮の流れだろうか。
釣りは魚とのかけひきが楽しいが、無線も同じこと。
CQを出すバンドや周波数の選択、指向性アンテナの場合はアンテナを向ける方向(ローテータと呼ばれるものでアンテナの向きを室内から調節出来る。)、コールする方法、CQを出している局に応答するなら、これらの他、コールするタイミングやコール方法、同時にコールしている相手がいれば、その局とのコールするタイミングのかけひき・・・・・・色んな要素を検討しながら獲物(ゲットしたい局)を漁ったり追いつめて行く。
そう、CQを出すということは、世界という大海に向けて釣り糸を垂れると言うこと。
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